支配的な本能、その2
掲示板合戦
10代のころ、僕は知らない人とインターネットでよく議論していた。2000年代の前半にphpBBやvBulletinはとても人気な掲示板のソフトだった(今も人気だけど、そのころのほうに人気だったな)。ユーザーが交流することが欲しかったサイトは掲示板があった。ゲーマー、著者を目指している人や芸術家は掲示板でアイデアを共有したり、いろいろなことを相談したりした。僕はゲーマーの掲示板の2つを積極的に数年間に使っていた。積極的に使っていたというか、毎日、一日中にずっと使っていたようだった。ゲーム化宿題をしていなかったときに、掲示板を使っていた。
もちろん、掲示板でゲームについて話したけど、同じように、政治のことについても議論するのも好きだった。僕は資本主義対社会主義、対テロ戦争やイスラエルとパレスチナについて何時間に議論する時をよく覚えている。僕は真剣に議論していた。長い時間に中東の歴史を調べた。国連安保理決議や戦争について学んだ。中東の状態を絶対に正しく把握していたと思った。僕の議論の相手は完全に偏見していて、あほだったと思った。相手は僕の情報源によって頻繁に僕が出した情報を拒否したり、一方にしか同情しなくて僕の側を不当に攻めたりした。
僕は5年間ぐらいに完全にバカだと思っていた人と議論し続けた後に疲れ果てた。相手の議論が予言しやすかったし、相手は僕が何の情報や議論を出しても、全然意見を変えなかったし。僕は「勝った」と思ったことが多かったけど、相手は意見を変えたり、敗北を認めたりしなかったので、議論する価値が何だろうと思い始めた。
しかし、僕も予言しやすい意見があったり、一方にしか同情しなかったり、僕が認める情報源が出す情報にしか認めなかったり、意見を変えなかったり、敗北を認めなかったりしていたことを、僕が気づかなかった。つまり、僕と相手は僕が気付いたより、共通点が多かった。
そのあと、僕の側に信用できなくなったので、議論する甲斐がなくなった。無関心になり、掲示板を使わないようにして、僕の生活やほかの趣味に集中した。
オフラインの議論
そのあと、僕は政治の議論に興味がなくなったけど、家族と友達と一緒に議論し続けた。普通に父と一緒に議論した。互いに反対しているときがあったけど、賛成することも多かったので、議論は楽しかった。しかし、まだ負けたくなかった。父でも、母でも負けたくなかったな。二人共は日常のことについて喧嘩した。過去のことが本当に起こったかどうかとか、誰が何をしたとか喧嘩した。大きいことで喧嘩した様子を見た記憶がないけど、些細なことについて喧嘩した。
なんで些細なことについて喧嘩するって?まあ、あいであがある。まず、父はむかつく言い方をよく使う。父は彼にしか面白くない冗談を言う。それ自体は大した問題じゃないーー僕は悪い冗談が言われた後のスーっという静かさが面白いと思うーーけど、他人が自分の拷問に参加させることが多い。彼との会話でなんか自分の仕事に関係の問題について話している途中で、父はニコニコして「やったほうがいいことが分かる?」と聞いたら、9分の10に特別に面白くないアドバイスがもう準備できている。ただ「何?」と答えられることを待っているだけだ。会話の流れを妨げた。どう反応する?じゃあ、聞いてみる:誰かがいつも「ノックノック」で会話の途中で言ったら、どう反応する?答えは:その人と話すことを辞める。
じゃあ、母のことを話そう。「かわいそうな女性だ」と思っているかもしれない。それはそうだな。母はあまり我慢できなくて、すぐに父に不機嫌になって、ぶわーと父の批判を言うことを理解できる(その批判は馬耳東風みたいだけど)。父はもし、「日曜日にお母さんと一緒にトマトの種を庭にまいた」と言って、母の目が大きくなって、少し出てきたら、母はバキッと怒ったことを確認した。
「違う。先週じゃなくて、先月だったよ」と、父の間違いにはっきりと腹が立っている。
「え、先月?僕たちは先週に肥料と種を一緒に買ったでしょう。」
「違う!お父さんが昼寝をしていた時に、私が肥料を買ったんだわ。僕たちは何もしていない」
どっちがどれぐらい過去のことを覚えていることと、記憶を立証する証拠があることによって、2人の喧嘩は早く終わるか、5分ぐらい激しい論戦と、誰か何をしたという些細な出来事の年表の深い分析が続くことになる。
どちらもその喧嘩を負けたくない。どちらも自分が違うと認めたくない。
そして、どちらも「どうでもいいんじゃない?」と思わない。
正しくなるようにプログラムされた
それで、僕のオンラインの生活で自分が正しいということを証明するために永遠に変わらない戦いをした。オフラインの生活には自分が正しいということを証明するために戦うのが普通だと、僕の環境に受動的に教えられた。誰かが悪かったら、証明しないといけないんだ。
ある意味で、自分が正しい、相手が悪いというようにプログラムされた。僕は支配するようにプログラムされた。僕のオンラインとオフラインの交流がその道に行くことを励ました。僕の天邪鬼の性格と競争性では戦いがないところに戦いが探しやすいことになった。そして、議論を見つけたら、他のことを考えられなかった。
そして、僕も「どうでもいいんじゃない?」と思わなかった。